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 ニャンと気ままに…♪   

🌸日常生活の雑感と他愛のない詩など小作品を紹介します       comment もお寄せ下さいね。      

10.short story「蝿」

東北行きの電車が上野駅を出てから一時間も経つというのに、その間ずっと男は
目の前を飛びまわる一匹の蝿と戦っていた。
「くっそー!」
蝿は、男のひたいにとまったかと思うと腕にとまり、、汚れたズボンの裾にとまり、
膝へとはいあがってくる。大きな日焼けした手で払われるたびに蝿はとまる場所を
かえながら、その汗臭い体から決して離れようとはしなかった。

男は3年前、狂牛病騒ぎで故郷の牛舎を手放して都会の職探しに出かけたが、
不況にあえぐ都会の町には取り合ってもらえず、お決まりの段ボール箱で
その日暮らしの生活を送ってきた。
蝿は男が故郷の牛舎をはなれるという朝、シャツのポケットに入り込んだまま
一緒に都会に来てしまったものだった。
「ホームレスは、3日やったらやめられない」
まるで自由と平和を勝ち取ったかのような言い草は、一週間もたつと、ただの
やせ我慢にすぎないと男は知った。女房を、子を、老いた両親を思わない日は
無かったが、何の手土産もない帰郷を拒否したまま3年が過ぎてしまった。
道路わきの植え込みから空き缶をひろい、駅のクズかごから雑誌や週刊誌をひろう
にも縄張り争いをしながら「今日は520円にもなったぞ」と喜べる日はそう多くはなかった。

そんなある日、男は恥も外聞もすてることにした。
「イチから出なおそう」そう決心すると片道の電車賃を手にして上野駅に立ち都会に
別れを告げた。二度と帰らないであろう街に…
やがて男は、心地よい電車のリズムに眠りについた。 蝿も3年前と同じように男の
シャツのポケットにもぐり込み、トクントクンという心音の刻みをききながら眠っていた。
一人と一匹は、眠りながらおなじことをおもっていた。
ああ、これでやっと故郷へ帰れる…と。


※このshort storyは、故鷹栖光昭さんの写真(上野駅の東北線の電車)に付けた
物語でした。 鷹栖さんは東京交響楽団のチェロ奏者で久喜市に在住され、音楽
教室も開いていました。
 ホームページ上でご趣味の写真を披露されていたので、それに私が詩をつけて
約50作品の写真と詩のコラボレーションを披露することができました。
 しかし残念なことに2012年に53歳という若さで突然ご逝去されました。
 本当に残念です。心よりご冥福をお祈りいたしいます。合掌

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