ニャンと気ままに…♪   

🌸日常生活の雑感と他愛のない詩など小作品を紹介します       comment もお寄せ下さいね。      

詩 「夢」

ゆうべの夢は
あまりにも衝撃的で
朝一番 誰かに
打ち明けようとしたのに
うれしい夢だったのか
かなしい夢だったのか
まったく思いだせない
後姿らしき黒い影が
脳裏に残されたまま
いつまでも消えない

あの影はわたし自身?
過去へと戻っていったのか
未来へと歩んでいったのか
それとも…


※わたしが睡眠中に見る「あこや」の夢はなぜか100%が悪夢です。 例えば・・・
1、演奏会が始まっているのに、家の中であちこち引き出しをあけて衣装を探していて、
  やっと見つけて着てみるとへんてこりんなドレスばっかり、あたふたあたふた。
2、舞台で一せいに歌い始めたのに、私だけが見たことも聴いたこともない歌だった。
3、山をハイキング中に「あっ、今日は合唱祭だった」と気がついてあわてて帰ろうと
  するが、いつまでもぐるぐるぐるぐる走り回って会場にたどり着けない。
4、舞台で私だけ声がでなくて、口をパクパク・・・。 
5、楽屋にいていざ出番というときになっても、やっぱり衣装をさがしている。

     そんな風にいつもハラハラドキドキ慌てふためく夢ばかり。
     きっと歌に対する自信の無さからくる不安なのでしょう。
     それともストレス・・・それとも・・・?

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「歎異抄」

「歎異抄(たんにしょう)」とは・・・
親鸞聖人の教えに異なる解釈があることを嘆いた弟子の唯円が、親鸞没後に、
その教えを正しく書きとめたものと云われています。

酒井先生ご指導のもと、~親鸞聖人750回大遠忌法要に寄せて~と題する、
築地本願寺楽友会設立30周年記念コンサートに、「あこや」も参加させて
いただきました。 2011年11月のことです。
数々の仏教讃歌とともに、この「歎異抄」(土岐善麿作詞、清水脩作曲)も歌い
ましたが,、約1時間に及ぶこの大作は、1961年初演以来50年間も演奏されて
いなかったということに驚きました。

その歌詞も…「念仏は極楽の種なりや 又は地獄の夢幻に落つる業なりや
げにげに南無と唱えつつ たとえ地獄に落つるとも いずれの行も及ばれぬ 
この身と知れば・・・」というようなそれまでの歌の概念を覆すような歌詞、
また曲も壮大な作品でした。
長い原文でしたが・・・恐れ多くも要点のみの最短な訳詩を(1章~10章)を
試みました。お叱りを受けるかもしれませんが…お許しを。

第1章(本願)              ※ 簡単な意味  
  弥陀の誓願不可思議は       阿弥陀仏はすべての人を極楽往生
  摂取不捨なり 隔てなし       させると約束されておられるので、
  念仏申しと 覚ゆれば        ただ一心に念仏を奉じることが最善
  南無と唱えて 信ずべし       の行いなのです。
  これに勝れる 善はなし

第2章(信心)              ※ 簡単な意味
  幾山川を 迷い来て         遠路はるばる訪ねてきて、今更まだ
  未だ往生を 問わんと        極楽往生をを聞こうとするのは嘆か
  ただ一筋の 念仏を         わしいことだ。わたしは法然上人の    
  摂るも捨つるも 我なれば     仰せを守っているだけで結果的に
  もし落つるとも 悔いはなし    地獄に落ちるとも悔いはありません。 

第3章(悪人正機)          ※ 簡単な意味
   己が浄土を 至さんと       自分が往生を果たすために、わざと
   自力を尽くす善人は        善行をやったりすることは、阿弥陀仏
   弥陀の心に 違うなり       の約束を信じていない証拠だ。煩悩や
   すべてを頼み 参らせる     迷いを断ちきれずにいる凡夫が、唯一
   げに悪しきこそ 尊けれ     心に仏の御心にたよることこそ尊いことだ。

第4章(大慈悲)            ※ 簡単な意味
   もし人の世を 助けくも      人が他人や世の中を助けようとしても
   思うさまこそ 成り難し      一時的なもので 満足させることはでき
   されば本願 帰命して      ない。 だから弥陀の本願に救われ仏の
   永久のあはれに 救われん   心となっての心を救うことが 大慈悲の
   これ大慈悲の 御業なり     力 なのです。

第5章(父母孝養)           ※ 簡単な意味
   それ輪廻にて いつの世か    人は生れ変わり死に変わりして父・母・
   父母兄弟の ゆえなれば    兄・弟ともなる。それゆえに互いに助
   念仏孝養 甲斐もなし      け合わねばなりません。仏の本願を
   いそぎ浄土の 悟りをひらき    伝えて悟りの道に導きなさい。
   弥陀の願いを 差し向けん

第6章(仏恩師恩)             ※ 簡単な意味
   それ弥陀仏に 賜りし        阿弥陀仏の教えを乞う者は、誰の
   み教えなれば ひとの弟子    弟子ということがありません。わたしも
   わが弟子とても あらざるや    一人の弟子 とてありません。教えを、
   付くも離るも 世のならい     授かる者は、ただ仏の恩師の恩を知る
   仏恩師恩を 知るべきや べきです

第7章(無碍一道)             ※ 簡単な意味
   ただ一心の 行者には       ただ一心に無碍の一道を得ようとすれば、
   天神地祇も 敬服し         天地の神、 魔界・外道の妨げもありませ
   魔界外道も 障りなし        ん。 罪罰限りも苦とならない絶対の幸福
   罪悪をもて 報いも受けず     なのです。
   如何な努力も 及ばざる

第8章(他力念仏)           ※ 簡単な意味
   念仏は 行者のための      念仏は行でも善でもない。
   行にあらず  善にあらず     すべては弥陀の力によるものであって
   それら弥陀の ものなれば    自分がどうのこうのしようというもので
   自力を離れ 他力に頼らん     はない。 他力を信じる念仏のみが
   救いの道の 標なり         救いの道となる。

第9章(踊躍歓喜)          ※ 簡単な意味
   急ぎ浄土へ 参らんと       「一生懸命念仏を唱えても沸き立つ
   踊躍歓喜の 覚えなし    喜びを感じられないのですがどうして
   喜ぶべきや 恥ずべきや     でしょう」「それこそ煩悩のなせること。
   それ煩悩の 所為なれば     それゆえに自力を頼るのではなく、
   他力の悲願と 定まれり      阿弥陀仏の御業という力にまかせなさい」

第10賞(無義正義)          ※ 簡単な意味
   本願他力の 念仏は        阿弥陀仏に頼むという念仏は、言う事も、
   不可称不可説不可思議なれば  説くことも想像もできない一切の自力と
   無義こそ まことの正義なる    離れているものだから、ただ南無阿弥陀
   南無と歩みし ともがらの      仏をとなえなさい。その教えに異をとなえ
   異を唱えるや 嘆くべし       る者が現れるというのは嘆かわしいです。
    

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☆「呼子の笛」

   童話「呼子の笛」

昔々、コロコロ山のてっぺんは高い雲のうえまでつきぬけていて、それはそれは住みよいところでした。 
季節は春と秋だけで、あたり一面に色とりどりの花がさき、小鳥がさえずり、木々や草草は緑の葉を茂らせたかとおもうと、おいしい木の実や果物を実らせてみんなをよろこばせました。みんなというのは・・・まるでコロコロ山のうえに広がる青い空の色に染まったようなたくさんの青鬼たちでした。

青鬼たちの仕事は空の番をすることでした。青い空に雲を広げて陰を作ったかと思えば、雲を払いのけて、地上にさんさんと太陽の光をふりそそがせました。ときには雲のなかから雨や雪やヒョウやイナズマまで降らせたり、夜になるとたくさんの星を空にちりばめたりして、地上に住む人間たちの生活を助けていたのでした。

「おとうちゃん、きょうもみんなで雲を作ってあそんでもいいでしょう?」と青鬼の子どもがおねだりしています。 子ども鬼たちはいつも大人鬼のお手伝いをしていました。そのなかでもとくに雲作りが大好きで、色々な形の雲をつくってはこわし、作ってはこわして一日中遊んでいました。
「そうだな、日照り続きだったから、人間たちもそろそろ雨ふりを待っているだろうし、おまえたちが好きなだけ雲を広げていいぞ」おとうさん鬼が雲カレンダーをめくりながら、まわりの子ども鬼たちに言いました。
「わーい、雲つくろうっと」
子ども鬼たちは、大人鬼たちが雲小屋からひっぱりだしてきた雲をてんでに抱えて、青空めがけて散らばって行きました。さっきまで真っ青だった空に、色々な形の白い雲がもくもくとできていきました。 地上の村々では、人間の子どもたちが空の雲を指差してさけびました。
「あ、モチみてえな雲だ。うまそ~」
「こっちのは、おっかあの顔みてえだ」
「牛もいるだ、いや馬っこかなあ」
「魚だって、ホレ跳ねているみてえだよ」
子ども鬼たちが、あまりに夢中になっていろんなものを作るので、空はたちまち厚い雲におおわれました。

「さあ、もうお前たちも気が済んだだろうから、そろそろ雨にするか。人間のおっさんたちが今か今かと待っているだろうからな」
そう言って雲の中に突き進むと両手両足で雲をけ散らしはじめました。雲はみるみる小さな雨の粒になってポツポツ落ちていき、やがて激しい雨になり、畑や田んぼや野原の緑がグングンと生き返って行くようでした。
雪を降らせるときは、お母さんたち女鬼の出番でした。手に手に小さな編み棒を持って雲の繊維をすくい取り、きれいなレース模様を編んでから降らせます。それはとても細やかな作業なので男鬼にはまねができません。でも稲妻や雷の太鼓は力自慢の男鬼のかっこいいあこがれの仕事でした。
ヒョウは雲をにぎり固めて作るので誰にでもできる仕事です。大人鬼たちはピンポン玉のように、子ども鬼はパチンコ玉のようなヒョウをふらせました。それはとてもとても幸せな毎日でした・

そんなある日、コロコロ山にチラチラと雪がふってきました。春と秋だけだった山に冬がやってきたのです。 雪は毎日毎日ふり続き、花も緑もすっかり雪におおわれてしまい、青鬼たちは寒くて寒くてとても耐えられそうにありませんでした。すると長老の鬼がみんなに言いました。
「こんなに寒い季節がやってきちゃあ、きっと死んでしまう仲間がでてくるにちがいない。そうならねえうちに、寒がりもんは山を下りて里に住んだほうがよいと思うんだが、いかがなもんかのう」 青鬼たちはみんな顔を見合わせてうなずきました。
寒くて死にそうだと思っていた鬼もたくさんいたからです。
そこで寒さに強い鬼とよわい鬼を分けて、コロコロ山のてっぺんと山里とに分かれて住むことにしました。青鬼たちは仲間のしるしにと、雪のうえに伸びていた細い青竹を切って笛をつくりました。遠く離れていても互いに呼び合うことができるという呼子の笛です。
そして別れの朝、鬼たちはお互いの姿が見えなくなっても、いつまでもいつまでも笛を吹き続けていました。

さて、山を降りた寒がりの青鬼たちは、やっぱり山里の冬の寒さにも耐えられそうにありませんでした。といって、人間のように着物を着ることなど鬼のメンツにかけてできません。そのうち鬼たちは、人間が火という便利なものを使っていることを知り、同じように火を作って体を温めようとしましたが、火が消えた後の寒さはもっとつらくなってしまいました。
そこで青鬼たちは冷たい川の水をためてドカンドカンと火をおこし、水を湯に変えてから、その中で体を温めることを考えだしました。ところがあまりに一生懸命に火をおこしたので、鬼たちの青い体がうっすらと赤味をおびてきました。
「さあ、みんな来い来い。骨のなかから芽がでてきそうだあ」青オ二たちは我先にとお湯につかって喜びあいました。
「ああ、なんちゅう心地よさだ、なあ兄弟よ」
「ああ、まったくだまったくだ」
しばらくの間そうして湯につかっていましたが、気がつくと鬼たちの体がいつの間にか湯気のなかで真っ赤に変わっていました。
「ありゃりゃ、こりゃどうしたわけだ」
「まあいいだ。こんな色も悪くはないだ」
「だが、こんな気持のよいものをオレたちだけで楽しんでいちゃいかんよ、なあ兄弟たち」
「んだ、んだ」
というわけで、真っ赤になった鬼たちは、あちらこちらの川の水や地下の水を湯に変えて、人間や動物たちにも使ってもらうことにしました。人間たちはこれを温かい泉・・・温泉と呼んでとても喜びました。
赤くなった鬼たちは「これをオレたちの新しい仕事にしよう」といって、それからずっと、今日も隠れたところで一生懸命にお湯を沸かし続けているのです。

しかしそんな赤鬼たちも、季節がめぐり、冬が来て雪がふる夜はコロコロ山の仲間たちが恋しくなり、山に向って静かに笛を吹きだします。すると山の方からも渇いた風にのって、かすかに笛の音が聞こえてくるのです。
いつか雪が降ったら耳をすましてごらんなさい。
きっと青鬼と赤鬼たちの吹く呼子の笛が聞こえてくるでしょう。

※この童話は、2003年(平成15年)、第2回のぼりべつ鬼の童話コンテストで
優秀賞をいただいたものです。
 鬼って…なんなのでしょうね。 童話にもいっぱい出てくるけど… 神さま? 
悪魔? 恐いもの? 優しいもの? こっけいなもの? 頭いいの? 頭悪いの?
 全部が当てはまっちゃうのがすごいよね。 わたしは…憎めないもの…に一票!

※その後、入賞作品を対象に「紙芝居コンクール」が行われ、芦田真弓さんが優秀賞に選ばれました。
10枚のうち5枚を紹介します。
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