ニャンと気ままに…♪   

🌸日常生活の雑感と他愛のない詩など小作品を紹介します       comment もお寄せ下さいね。      

short story「風呂のドアにご用心」

 いつの頃だったか夫と泊まった温泉宿で早めの夕食をすませると、わたしはひとりで
風呂に向った。
 女湯の引き戸をあけ一歩足を踏み入れると四畳半ほどのタイル風呂が目に入った。
古い宿とは云え、大岩風呂をうたったその旅館に多少の期待を抱いていたのだが、
ちんまりとした湯船を見て、風呂好きの私は落胆した。 女性の旅行客が少なかった
昔ならいざ知らず、いま時こんなせまい女湯もないもんだと思った。

しばらく腑に落ちない気分で湯に浸かっていたが、ふと見ると壁際に目立たないドアが
あるのに気が付いた。どこに通じるドアなのだろうと興味がわいてそっと開けてみた。
 そこは…うす暗く底しれないほどの湯気が立ち込めた男湯の大浴場だった。
なみなみと湯をたたえた中央には、山のような岩がドーンと置いてある文字通りの
大岩風呂だ。客たちはまだ宴会の真っ最中なのだろう。ひっそりと静まり返っている。
だれもいない! 

「温泉はこうでなくちゃね」
 ひとりつぶやきながら、タオル一本を手にしてソロリソロリと広い男湯に侵入した。
いざとなったら女湯へ逃げ込めるようにドアは開けたままで、ゴツゴツした岩肌の
浴槽の隅っこに身を沈めた。 ドアからは2メートルほどしか離れていない。
それにしても男湯と女湯の大きさの違いはひどい…差別だ差別だ…
そんなことを考え考え、少し緊張しながらもとっぷりと湯に浸かっていた。

 やがて宴会もお開きになったのか、脱衣所から男たちのざわめく声がきこえた
ので、あわてて浴槽を出て女湯に戻りドアをバタンと閉めた。
男湯と女湯をこんな簡単に行き来ができていいものだろうかと不思議に思いながら…

 部屋に戻る途中の廊下で仲居さんにそのことを尋ねると、あれは風呂掃除の人が
使用するドアなんですよという。 しかし驚いたのはその後の言葉だった。
「あのドアは、女湯側からは開くけれど、男湯側からは開かないようになっています」
ということは・・・もしも私がドアを閉めて男湯に入っていたとしたら…
 Wow ‼ Venus ♥  とたんに汗が噴き出してきた。

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short story「蝿」

東北行きの電車が上野駅を出てから一時間も経つというのに、その間ずっと男は
目の前を飛びまわる一匹の蝿と戦っていた。
「くっそー!」
蝿は、男のひたいにとまったかと思うと腕にとまり、、汚れたズボンの裾にとまり、
膝へとはいあがってくる。大きな日焼けした手で払われるたびに蝿はとまる場所を
かえながら、その汗臭い体から決して離れようとはしなかった。

男は3年前、狂牛病騒ぎで故郷の牛舎を手放して都会の職探しに出かけたが、
不況にあえぐ都会の町には取り合ってもらえず、お決まりの段ボール箱で
その日暮らしの生活を送ってきた。
蝿は男が故郷の牛舎をはなれるという朝、シャツのポケットに入り込んだまま
一緒に都会に来てしまったものだった。
「ホームレスは、3日やったらやめられない」
まるで自由と平和を勝ち取ったかのような言い草は、一週間もたつと、ただの
やせ我慢にすぎないと男は知った。女房を、子を、老いた両親を思わない日は
無かったが、何の手土産もない帰郷を拒否したまま3年が過ぎてしまった。
道路わきの植え込みから空き缶をひろい、駅のクズかごから雑誌や週刊誌をひろう
にも縄張り争いをしながら「今日は520円にもなったぞ」と喜べる日はそう多くはなかった。

そんなある日、男は恥も外聞もすてることにした。
「イチから出なおそう」そう決心すると片道の電車賃を手にして上野駅に立ち都会に
別れを告げた。二度と帰らないであろう街に…
やがて男は、心地よい電車のリズムに眠りについた。 蝿も3年前と同じように男の
シャツのポケットにもぐり込み、トクントクンという心音の刻みをききながら眠っていた。
一人と一匹は、眠りながらおなじことをおもっていた。
ああ、これでやっと故郷へ帰れる…と。


※このshort storyは、故鷹栖光昭さんの写真(上野駅の東北線の電車)に付けた
物語でした。 鷹栖さんは東京交響楽団のチェロ奏者で久喜市に在住され、音楽
教室も開いていました。
 ホームページ上でご趣味の写真を披露されていたので、それに私が詩をつけて
約50作品の写真と詩のコラボレーションを披露することができました。
 しかし残念なことに2012年に53歳という若さで突然ご逝去されました。
 本当に残念です。心よりご冥福をお祈りいたしいます。合掌

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メルヘン「カタログショップ」


『カタログあります。カタログの店 愛屋』
おしゃれな雰囲気の小さなお店の看板が目にとまりました。看板もさわやかな
イエローカラ―です。
(カタログあります? カタログを売っているっていうの? カタログハウスって
いうのは聞いたことあるけど…)
少し興味をおぼえて、お店の中にはいっていきました。
先客がひとり、40才くらいの小太りのおばさんがレジの前にたっています。
「じゃあ、この花柄のスーツとシャルルのバッグで2650円ね」
(スーツとシャルルのバッグで2650円か…安い店なんだ)
 店内を見わたすと、棚の上に色とりどりのカタログらしいものが並べてあります。
洋服、バッグ、アクセサリー、おもちゃ、家具、ペットコーナーまであります。

「いらっしゃいませ。お客様は初めてのご来店でいらっしゃいますね?」
店員らしいお兄さんがニコニコと声をかけてきました。
「あっ、はい。ええと…カタログを売っているんですか?」
こんな質問をしていいものかどうか迷いながら聞いてみました。
「そうですよ。最近は世のなかなんでも便利になりましてね。大きな荷物をエッチラ
オッチラと持ち運ぶ時代は終りました。欲しいものがあればカタログを買うだけで、
なんだって現物が手に入るんですから」
言っていることがよくわかりません。「カタログを買うだけで…ですか?」
「そうです。たとえばですね…これ」と言って、アクセサリーコーナーの棚から
指輪のカタログをとりました。
「どれかお好みの指輪がありましたら、初ご来店記念にプレゼントいたしますので、
ひとつお選びください」
そう言って私の目のまえにカタログをさしだしました。
ままごと遊びじゃあるまいし、絵に描いた指輪なんてと思いましたが、とりあえず
水色のトルマリンの石がついている銀の指輪を指さしました。
「じゃあ、これ…」
「はい分かりました。お客様の指のサイズは…9号位ですね」そういうと店員は
カタログから指輪の絵をシールのようにはがして、近くにあった電子レンジのなかに
それを置きました。
「サイズは9号、小さめだから1分30秒…と」。ダイアルを合わせてスイッチを入れ
ました。かすかに電子音が聞こえます。
なんだかからかわれているような気がして、店を出ようかと思った瞬間…チン!と
音がしました。

「はーい、おまちどうさま」
お兄さんがレンジのふたをあけました。するとターンテーブルのまん中に、カタログの
絵とおんなじ指輪がチョコンとのっているではありませんか。
「きれいでしょう。あなたの指にぴったりですよ、ほら」そういって、あぜんとしている
私の薬指にすっと指輪をはめました。たしかに、ほっそりとした自慢の指に、透き
とおったマリンブルーの石とシルバーの輝きがとても良く似合っています。
「こ・これって…本物?」
「そうですよ。当店だけの本物の本物です。このように店内のカタログににあるすべて
の商品が、電子レンジでチンするだけで本物に変わるんです。といっても家具のように
大きな品物は入りませんから、レンジから取り出した瞬間に大きく膨らむ仕組みに
なっております、はい」といかにも得意げにニッコリとしました。
「ペットコーナーって、生きているペットなんですか?」まさかと思いながら聞きました。
「もちろん。ペットは人気がありますからあいにく小型の動物しか残っておりませんが、
猫、ハムスター、犬はシーズー、ポメラ・・・」それそれ、シーズー犬を飼ってみたかった
とまだ信じられないけども心の中でおもわず拍手をしてしまいました。

「ではシーズー犬を一匹、1360円です。お取り扱いには十分気を付けてくださいね」
犬の絵は、花柄の小袋に入れられました。
(ええ、落したり無くしたりするもんですか)そう思いながら店をでました。

ビックリしましたよ本当に。こんな便利な買い物ができるなんて、どうして今まで
知らなかったのか。 電子レンジでチンして、扉を開けた時の驚いたことといったら・・・
いきなりレンジの中から「ワンワン」って、シーズー犬が飛びだしてきたんだから。
シッポもふって走り回る正真正銘本物の犬だったんだから。

きょうは朝から暑い! 暑いだけじゃなくてムシムシととして不快指数100%
人間も犬も猫も・・・そう我が家のチンも、今日ばかりは舌をだしてハアハアと
床にへたりこんでいる。
「チン」って名前を呼ぶと、いつだってキラキラした目をしてとびついてくるのに、
今日はいくら呼んでも立ちあがる気配さえみせない。
(こんな日には行水に限るわね。プールに水をはって…きっと喜ぶだろうな)
さっそく物置からビニールプールを引っ張り出して庭に広げると、ホースで
水をなみなみと溢れるまで入れました。
「私も一緒に入るからね。チン、ほら冷たくて気持ちいいでしょう」
チンは、生れてはじめての水の感触にびっくりしてはねました。
バシャバシャ バシャバシャ・・・でも水になれると嬉しそうに水にもぐったり
跳ねたりをくりかえしました。

しばらくすると水の音が静かになりました。気がつくとチンの姿がありません。
「チン チン どこにいるの?」
プールから飛びだした様子もないけどと思いながら、あたりを見まわしました。
でもチンはいません。(家の中に帰ったのかな?)
急いで庭から部屋に上がってみましたが、やっぱりいません。
白いカーテンが風に揺れているだけでした。

ふと気がつくと、足元に可愛らしい袋が落ちています。
カタログの店でチンを買った時、お兄さんが犬の絵をいれてくれた
あの花模様の小袋です。拾い上げてみると、中には一枚の白い紙が・・・
説明書かな? 
そういえばまだ読んでいないことに気がつきました。
いそいで広げてみると、そこには大きな文字が書かれています。
  
    注意・水気厳禁!
    カタログは紙製ですので、絶対に水につけないでください。
    水に濡らすと溶けてなくなります。

そういえば、トルマリンの指輪も、いつのまにか無くしたと思っていたけど・・・


 ※このメルヘンは2001年に「詩とメルヘン」誌10月号(サンリオ社発行)に掲載されたものです。
 編集者のやなせたかしさんが選評で「文章も歯切れがいいし、ナンセンスでいてどこかニヒリ
スティックな幕ギレもいい。秀作と思う」と評してくださいました。  
 
 詩とメルヘン
絵は後藤貴志氏の作品です。
カタログショップ P1

カタログショップP2

    

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