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 ニャンと気ままに…♪   

🐱🌸日常生活の雑感と他愛のない詩など小作品を紹介します        コメントもお寄せ下さいね。      

126.元日の朝

「元日の朝」

365日の手あかにまみれた
最後の1ページをめくると
そこにはいとも眩しく
真っ白な元日の朝があった
雪の白さではなく
雲の白さでもない
ただた神聖な白さなのだ

ここに何を書きはじめ
なにを書き足していこうかと
心を静め思案に思案をめぐらし
ようやくに初めの1筆を記したとたん
奇声をあげて飛び込んできた孫という名の子犬たち

白い世界はたちまち
赤や黄や紫を散りばめた
キラキラの万華鏡の態をなし
もはや私が書きこむ隙間など
どこにも見当たらないのであった

あれこれ古いノートを整理していたら、ずいぶん昔にかいた詩が出てきました。ここに登場の孫は常にくるくると走り回る双子の男の子です。この忌まわしいコロナ禍のなか、今では共に大学受験の年齢となりました。前途に幸あれと願うばかりです。

娘がこの2人をお腹に宿して産院に診察に行ったとき、医師からは何とも残酷な宣告を受けました。「この双子は一つの袋に入っているために無事に育つことができません。万がいち、一人だけが助かったとしても障害をもって産まれます」。淡々とした説明。
帰路の車中で涙にくれる娘…このままでは帰れないと別の産院に行きました。すると「大丈夫です。この2人の間にはうっすらと膜が映っています。だから二つの袋で別々に栄養をとってそだちますよ」。その神のような言葉に娘はまた涙しました。

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119. 百弁のバラ

「百弁のバラ」

五弁 十弁 二十弁
いえいえそんなものじゃない
五十 八十 百弁の
真紅をかさねた花びらが
どっとあふれて開くからから
私はまるでピエロのように
歓喜の挙手をくりかえす

薔薇の絵文字に隠された
三十二画 トゲの数
ほんの微かな仕草にも
我が身をやさしく傷つける
やがて場末の踊り子のように
風にハラリと衣装をぬいで
晴れの舞台に幕をおろす

DSC_2372.jpg
この絵画は、ご近所のお茶会メンバーでもあるⅠさんが描いた数々の作品のなかの一つ「勝鬨橋」です。 奥様が丹精込めて作ったバラ庭園の一角。この日はお庭に 数点の絵画を並べてくれて鑑賞会・品評会(^^♪です。 もちろん、この日もお庭には丸テーブルが置かれていて、そこにはお茶とお酒と美味しいものが並んでいます。

私たち「あこや」と音楽仲間が結集する "音楽の集「ナスカ」" が何度も演奏会を開いている第一生命ホールは、この勝鬨橋を渡ったところにあります。
勝鬨箸(かちどきばし)の名前の由来は、日露戦争で旅順を陥落させカチドキをあげたのが日本海軍(築地に本拠地)。その祝勝の記念として、ここに「勝鬨の渡し」が作られ、さらに1940年に現在の立派な橋が完成しました。

※百弁(ひゃくべん)について。
花びらの数え方は、一枚(いちまい)、一片(いっぺん)、一片(ひとひら)、1弁(いちべん)などあります。弁で数えるのは平安時代の和文の流れをくむ言い方です=古文。
花弁と言いますものね。

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118. 6つの雲

雲と綿菓子は
似ている
そんな風に
あこがれるのは
純真な
子供だけだ
   〇
今朝の空は
あんなに遠くまで
澄みきっているのに
あるべき星一つ
見えない不思議
「見えないけれど あるんだよ」
と言った人は正しい
   〇
ウロコ雲が
空一面を
おおっていた
恐ろしかった
何か恨みでも
あるんかと
言ってみたくなる
雲だった
   〇
雲を眺めていたら
トンボが飛んでいった
いいなあと
ぼんやり見ていたら
カラスが
横取りしていった
行動は早い者勝ちだ
   〇
雲にのりたい
あんなに
ふんわりとして
白い雲だもの
だれでもそう思う
でも心から憧れるものは
遠くから見ている方がいい
近づきすぎると
跡形もなく消えてしまう
だから…
あの人には近づかない
   〇
雲は空に 
蜘蛛も空に
苦もなく 飽くでもなく
日がな一日
それぞれの手つきで
それぞれの宇宙をつくる
宇宙という概念を
私よりずっと知りつくしている
雲はわたしの心をとらえ
蜘蛛は小さな命をとらえた

私がとらえられるものは
人の心であって欲しいが
小さな畑の野菜と
うるさくつきまとう
ヤブッ蚊ぐらいのもの


雲はロマンチックですね。その変幻自在さにあこがれます。
入道雲、いわし雲、ウロコ雲、筋雲、青雲、雪雲、暗雲、雷雲、雲隠れ、雲行き、凍雲、東雲、浮雲、紫雲、白雲、地震雲、雲海と無限にある…ということは雲と人間は大昔から密接な関係にあったということですね。
その主なものが農作物には欠かせないお天気情報ですね。漁業もしかり・・・ですかね。そんな地球と宇宙のしくみを思うとき、私はやっぱり創造主であった神のことを信じたくなります。


蜘蛛は芸術家ですねえ。畑の樹木と隣の空き家にかけて、結構大きな4匹ほどが、それぞれに大きく巣を張ります。いつもその見事な模様に感心して「きれいにできたねえ」と声を掛けます。
私は気を付けているのだけどたまに頭などにひっかかって巣を壊してしまい「ごめんごめん」と謝ります。でも次の日にはまたきれいな網がかかっているので感心します。どんなエサがこの網にかかるのかなあと観察するのですが…あまりいないようです。

そこで菜っ葉についている小さなバッタをプレゼントしようかと思うけど何だかバッタが可愛そうでやめます。代わりにキャベツやブロッコリーをムシャムシャ食べるにっくき青虫や夜盗虫などのイモムシ系を網にくっつくけてやります。すると…蜘蛛はササッと来て、イモムシのまわりの網を丸く切り取ってポトンと地上に落下させます。好みじゃないんですね(*^_^*)
頑張って網を張る以外には何の悪さもしない蜘蛛さん、ご苦労さんですね。

それからミミズさん。畑の土を改良してくれる功労者です。たまに土から這い出てきて舗装道路をさ迷っているときがあります。車にひかれるかもしれないし、真夏は道路の暑さに干からびていることもあります。だから道路で見つけたら捕まえて土の中に戻して、私自身もホッとするのです('◇')ゞ。

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116. 鬼灯(ホオズキ)

「鬼灯」 (ホオズキ) 

鬼灯の妖しく紅い袋の
その中に入ってみよう
固く閉じた袋の口を押しあけ
わたしは体をすべり込ませる
そうして誰も入れないように
しっかりと口を閉じる

朱色をおびた丸い実のなかでは
小さな種が数知れずうごめいて
はち切れんばかりに熟しているのだろう
わたしは冷たい種を抱いて
深いざわめきを感じていよう
それが永遠なのか 一瞬なのか…

冬になると
ふくよかな鬼灯の袋は
透け透けの網目状になり
しぼんだ赤い実がカラカラと
冷たい風に揺れていた
白髪まじりの長い髪を束ねた
私らしい影もチラリ見えたりして


ホオズキって、な~んだか郷愁をかんじますよね。この詩はずいぶん昔に書いたものを引っ張り出してきたものです。カビがはえているかもよ(^^♪ 下から2行目は、今回書き足しました。

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115. 夜の羊

「夜の羊」

今日一日のあれこれを
思い浮かべているうちに
眠れなくなる夜がある
羊をなんびき数えたら
深い眠りにつくのでしょう

牧場が深い海ならば
羊は泳いで行くでしょう
牧場が広い空ならば
羊は白い雲になり
明日を探しに行くでしょう

寝返りをうつ耳もとで
羊の群れのざわめきが
夜の静寂を遠ざかる
細い明かりのその下に
私ひとりが残されて


眠れない夜があります。何度寝返り打っても眠れない夜が恨めしいです。睡眠薬はありますが、認知症になるよと言われたので怖くなってなるべく飲まないようにして養命酒にしました。ほろ酔い気分で眠れる夜と、やっぱり眠れない夜とあります。
寝付けないまま頭の中の暗闇をさ迷っていると「ウルトラQ」のような渦がみえてきます。お友達はみんなもう熟睡してるんだろうなと思いながらミミズのジーッという鳴き声(?)を聴いています。

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114.ドライフラワー

「ドライフラワー」

まだらに染まった髪を束ねて
ちょいと小首をかしげてみたり
咳払いして気取ってみたり 
こんな筈じゃなかったと
両手で頬を引き伸ばしながら
鏡の中で微笑んでいるのは誰?

私だって若かったのよなんて
当たり前でしょ 笑っちゃうでしょ
コーヒーカップ手の平で挟んで
ガラス窓の向こうの花の乙女に
あなただってそのうちになんて
一人つぶやいているのは誰?

そうよ私はドライフラワー
セピア色したドライフラワー
まだら色した長い髪なんて
なんの武器にもなりゃしないけど
このままいくわ 素顔のままで
それでも結構いけるかも
骨董品なんて言わせない 


ドライフラワーもセピア色といえば聞こえがいいけど…枯草にしか見えないってこともあるからねえ。 でも枯草には太陽をいっぱい浴びた良い香りが…加齢臭ってこともあるしね…どっちもヤダ!

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113.ゴイサギ(五位鷺)

「ゴイサギ」

片脚の骨が折れたゴイサギが庭に舞いおりた
皮一枚でつながった脚を引きずりながら
どうにかしてくれとでもいうように
腹もへった…と言わんばかりに横たわった

玄関の段ボール箱にゴイサギを寝かせて
水を張った洗面器を置き
魚屋で買った十匹程のドジョウを泳がせた
ゴイサギはチラリ見をしてから
無関心を装ってまた横になった

しばらくして外から戻ると
洗面器はすっかり空になり
ゴイサギはフンを撒き散らしながら
家の中を飛びまわっていた

ゴイサギを生かして ドジョウを殺した
チクリと胸が痛んだ
誰かを生かし 誰かを殺し
私もそんなふうに
生きているのかもしれない
思い起こせば
そんな心当たりの一つや二つあるような…
いや、誰もがそんな罪を背負っているのかもしれない

隣町の草深い川べりに行き
ゴイサギを空に放すと
折れた片足の先をヒラヒラさせながら
はるか遠くに飛んで行った

畔道などで不器用につまずきながら
虫や魚を捕って生きていくんだろうな
足の皮一枚を切り離してやればよかったな

そんなことを思っていたら
柳川鍋でも食うか…と
そばにいた夫がつぶやいた

※ゴイサギという和名は、醍醐天皇から褒美として正五位を賜ったからとか。
また夜にクワッとカラスのような声で啼くので夜烏(ヨガラス)の別名もあるとか。

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89.詩「 シシオドシ」

「シシオドシ」

お山に雪がふりました
雪は 色を消しました
雪は 匂いを消しました
雪は 音を消しました
谷間で凍ったシシオドシが
コーンと鳴らない夜でした

わたしは布団にもぐります
だまってゆっくり数えます
水がチョロチョロ注がれて
それからゆっくりかたむいて
コーンと鳴るのを待ちました
それでも鳴らない夜でした

山のくぼみでイノシシも
やっぱり数えているだろうか
夢でドングリ クリの実が
ヒトコロ フタコロ サンコロリ
そろそろコーンと鳴るような
そんな気がして目を上げて
耳を澄ましているような

DSC_0414.jpg
今年の年賀状です。

※ 74. 「鹿威し」を年賀状用に短く書き直した詩です(一部訂正アリ)。
 鹿威しと書いてシシオドシ…元々はイノシシよりも鹿を追い払うものだったのかしら? 最近は日本各地でイノシシの被害に悩まされていますが、イノシシだって生き物だもんね。 産まれたからには生きねばならないから村に町に食べ物を求めてやってくる。 昔のように山に実のなる植林がされていたなら、山の生き物として幸せに暮らしていけるのにね。なんだか最近のイノシシさんはかわいそう。

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